素人と玄人

09.01

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素人と玄人の違いは、見るとするの違いほど大きなものかも知れません。また、するという事にも素人と玄人の違いがあります。
大きくは、素人・見習い・一人前・匠の4つに分けられるでしょうか。
一見簡単そうに卒なく仕事に取り組んでいる姿こそが一人前のプロとしての職人の姿です。

よく、素人が真似をしてみて「それ見ろ、簡単やん、俺にもできたやんか」と舐めてかかることがあります。その時に、この人は職人には向かないな~と判ります。営業においても同じです。我流でうまく行ったときに有頂天になるタイプの人は問題を起こしやすいものです。
また、50馬力の能力で20馬力の仕事を行うのと、15馬力しか無いのに何とか20馬力の仕事が出来たというのでは、同じような事が出来たとしても品質は全く異なります。それは、固い缶のふたを開けるのに、力がある大人が開ければ難なく静かに安全に出来ますが、力の無い子供が開けたら勢い余って飛ばしてしまったり傷つけてしまったり、時には怪我をしてしまう事も・・・そんな感じでしょうか。
これは、身体的パワーだけでなく、頭脳的パワーにも当てはまることです。
よく「それみろ!上手く行っただろう!」という自慢の言葉を聞くことがあります。しかし、この言葉が発せられるケースでは、何らかのリスクを冒した結果の場合が多いのです。もし上手く行っていなかったら後悔する事になったのではないでしょうか。時間は掛っても、もっと確実に出来る方法をなぜ用いなかったのだろうと。つまり、上手く行ったからと言って自慢しなければならないような事は玄人の世界にはありません。
また、あるテーマに遭遇したとき、素人はその物しか見えません。玄人は、一瞬にしてあらゆる知識と経験を網羅してテーマを包み込んだ上で対処方法を模索することから始めます。まさに本能的とさえいえるレベルで。
実は、その本能的とさえいえるレベル・・・それが「身に着く」ということなのです。そして、自分自身の頭や肉体を使って第三者に手本を示す。それが出来て始めて一人前と言えるのでしょう。
どんな素晴らしい事を考えても他人にやらすだけなら誰でも出来ますし、本も情報も世間に溢れ、自分よりも賢い人間は無数に存在します。
見習いは「石の上にも3年」の時期をどう過ごすかということが大切です。業種によっては製造・施工・営業と、それぞれに3年の実務経験が必要なものもあります。これが経営という事になれば、他人の飯を食う立場での3年の管理職の経験が不可欠でしょう。つまり、石材業界で一人前になるには最低でも合計12年の時間が必要という計算になるのでしょうか。それをいかに短縮するか、他人の知恵を真似るのではなく自力で考えて行く努力の積み重ねがすべてにつながってゆくことでしょう。
また、いくら見ていても習っていなかったり、極端な例では見えているだけで全く見ていない人も居ます。ほんとうに、玄人になるのは大変です。
では、一人前の職人の上に位置する「匠」とはどんな人の事を称するのでしょうか。
職人としてプロとしての実務は出来て当然。それを土台にしてより高度な、誰もが到達出来ていない領域への挑戦をしている人と言えばいいのでしょうか。
「温故知新」という言葉を当てはめれば、自分が極めるべき新しき道を発見して追求している人と言えるのかも知れません。ですから、彼らに取っては永遠に「これでいい」という時は訪れないのでしょう。それは、IT関係であっても、デザイン(設計)も、焼き物や織物の世界であっても同じだと思います。
ピカソの絵をご存じでしょうか。彼が非常に優れた写実的な絵を描いていた事をご存じの方は少ないのかも知れません。なのに、なぜ肉体の分解図とも思えるような絵を描くようになったのでしょうか。たぶん、匠の世界に踏み出したからなのでしょう。私にはそう思えます。

 

pikaso

 

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